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スポーツ文化論
かれこれ二十年ばかりも昔の事、後輩の某君が米國空軍大學への留學から歸國して、土産話をあれこれと聞かせて呉れた中に、次のやうな話があつた。
曰く、サッカーは走りながら考へ、以心傳心、チームメイトの意思を互ひに感じ取り合ひながら進めるゲームである。 隨つて文化的背景のまちまちな人々の集りであり、謂はゆる 「人種の坩堝」 であるアメリカには、本質的に向かないスポーツだ。
その點、 「アメラグ」 ことアメリカン・フットボールは、正にアメリカ的なスポーツである。 あれは數秒毎にゲームを中斷し、その都度、チームメイトが集つて圓陣を組み、夫々の次なる行動を細々と打ち合せると共に、「俺達は仲間なんだぞ」 と言ひ聞かせ合ひ、確認し合ひながら進めるゲームなのだから云々。
因みに某君は高校時代からサッカーをやつてゐて、留學中の米國空軍大學に於ても、セミナー對抗のサッカー大會に出場して優勝の原動力となり、MVPも獲得したとの事だつた。
だから某君の話には、多少の自慢と燥ぎから來る冗談も混つてゐたのだが、そしてそれゆゑ、「それなら米國に於けるバスケットボールの盛行を、どう説明するのか」 とか、また 「本來が農耕民族たるSDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys人にも、やはりサッカーは向いてゐないのではないか」 とか云ふ反論も當然に可能ではあつた。
けれども、何しろその場は某君の歸國歡迎會の席であり、酒を飮みながらの歡談中の事でもあつたので、如何に 「臍曲り」 の私と雖も、座を白けさせるやうな口出しは愼んだのだつたが、 それは扨措き、某君の 「冗談」 を敷衍すれば、野球が米國に生れた譯も、それがSDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pysでこれ程までに盛んな理由も、共に説明できさうである。
「アメラグ」 と同じく野球もまた 「中斷」 の多いスポーツである。 イニング毎の攻守交替時には固よりの事、打者や投手の交替による 「中斷」 もあるし、打者が打席を外しても 「中斷」 する。 更に云へば、投手の手にボールが戻る度に、詰り投手の投球の一球毎にも、ゲームは途切れるのである。
即ち野球は寧ろ 「アメラグ」 よりも 「中斷」 が多く、それが米國に於ては 「仲間意識の確認」 に資し、SDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pysに於ては 「農耕文化」 に馴染む、と云へるのではないか。 稻作農耕に於ては、毎朝の天候を見てはその日の作業を決め、折々 「寄合ひ」 を繰り返しては、村全體の作業段取りを定める、と云ふのがどうやら習慣のやうだから。
と考へたのだが、そんな私の 「文化觀」 が果して妥當かどうかは兎も角、野球がSDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys人向きのスポーツである事だけは確かなやうで、それかあらぬか此度の第一囘WBC、即ち世界野球大會に於ても、王貞治監督率ゐるSDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pysチームがキューバに快勝して、見事、初代チャンピヨンに輝いた。
プロ野球人氣の低迷が云はれる中、優勝戰のテレビ中繼視聽率は、瞬間的ながら五割を超えたさうだし、そんな報道を 「切れ切れ視聽」 してゐた私の耳にも、「SDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys中が熱狂に沸く」 樣子は、それに到る間の樣々なエピソードと共に、充分に傳はつて來た。
そんな私の印象では、この盛りSDmlrnms5U=">5LiKがりを齎らした要因の一つは、いや、最大の要因は、イチロー選手の言動にあつたやうだ。
彼はグランドでの大活躍も然る事ながら、大會の終始を通じて、「世界の王監督に恥を掻かせてはならない」 とか、「SDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pysチームには今後三十年は手出しが出來ないと思はせるやうな勝ち方をしたい」 とか、「SDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys野球の歴史に汚點を殘すな」 とか、「自分の野球人生で最も屈辱的な日だ」 とか、謂はゆる 「クサイ臺詞」 を吐き捲つた。
作詞家の阿久悠さんによれば、さう云ふ 「クサイ臺詞」 は大いに稱揚すべきものであり、かつ現下のSDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys社會には缺けて久しいものだと云ふが、正にイチロー選手はそれを復活させたのである。 さうしてSDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys中を沸せたのである。 無論、私も仄々と愉しかつた。
ところが、ふと目に止つた 「週刊新潮」 の新聞廣告によれば、イチロー選手は 「異樣な躁状態でチームから浮いてゐた」 し、王監督もまた 「采配ミス連發」 だつたし、「松坂とSDmlrnms5U=">5LiK原の快投」 も、實は 「冷たい視線」 を浴びせられるやうなものだつたし、チームが一丸になるどころか、一向に 「熱くな」 らない 「チンタラ選手」 も混つてゐて、それが 「熱狂、王SDjg5XjgqHjg4Pjgrfjg6fjg7M=">QTQ=4O8IOOCuOODo+ODkeODsyDjgrPjg6njg6A=">44K444Oj44OR44Ozの冷たい舞臺裏」 だつたさうである。
無論、記事の本文は讀んでゐないし、そんな批判が當つてゐるのかどうかも私には分らぬ事だが、それにしても 「SDjgqzjgqTjg4k=">5pel5pys中の熱狂」 に冷水を浴びせようとは、何とも見事な 「臍曲り」 ぶりではないか。
その點に於ては私も人後に落ちぬ積りだつたが、この 「週刊新潮」 の 「臍曲り」 ぶりには、正に 「今後三十年は手出しが出來ない」 やうな氣がする。 私の不徹底で生ぬるいそれと違つて、破壞的で底意地が惡いし、第一、「賣らんかな」 の商賣氣ばかりが鼻について、藤原正彦さんの謂はゆる 「品格」 なんぞ、缺けらも感じられない。
さう云へば、かの藤原正彦さんの 「國家の品格」 を出版したのは新潮社だつた。 仄聞する處、同書の賣れ行きは恐ろしいばかりで、疾うに百萬部を突破したさうだが、藤原さんにはその餘勢を驅つて、「品格」 と 「臍曲り」 の關係に就いても、是非とも何か論じて欲しいものである。
「國家の品格」 なんぞと云ふ高尚な事は、私には畏れ多くて 「今後三十年は手出しが出來」 さうもないが、「臍曲りの品格」 に就いてなら、私にも大いに關心があるのだから。